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 08年3人、09年1人、10年0人 終戦記念日に靖国神社を参拝した閣僚の数である。 1年前の菅直人政権の参拝ゼロは、85年に中曽根康弘首相( 当時 )が公式参拝して以降、初めてのことだった。 被災地復興よりも政権延命を優先させる菅首相の国家意識の欠如は、戦争犠牲者への弔意の欠如と深いところでつながっている。


死者を弔う日本人の死生観

 今年もまた8月15日がやってきます。 この日、日本人の心は自然と靖国神社へと向かいます。 そこには大東亜戦争などでの戦死者の魂が祀られているからです。
 国家、国民のために殉じた幾百万の尊い英霊を慰霊するために、靖国神社を参拝するのは日本の首相としての極めて当然の責務です。 しかし85年以降、靖国参拝は中国の日本叩きの 「外交カード」 に利用され、歴代首相が内外からの圧力に屈してきました。 民主党政権誕生後はとりわけひどく、鳩山由紀夫首相は閣僚に参拝自粛を求め、昨年、菅直人政権のもとでは、ついに一人の閣僚も参拝しないという異常な事態となりました。
 評論家の江藤淳氏は 『新版靖國論集』 ( 近代出版社 )のなかでこう書いています。
 《 生者だけが物理的に風景を認識するのではない。 その風景を同時に死者が見ている、そういう死者の魂と生者の魂との行き交いがあって、初めてこの日本という国土、文化、伝統が成立している 》
 今年は東日本大震災があり、1万5000人を超える方々が亡くなりました。 その方々の魂は、きっと、生き残った人々を見守り、被災地の復興と日本の再生を願ってくれている ― そうした思いを多くの日本人が抱き、心の支えとするのも、こうした宗教観、精神性によるものです。
 靖国神社も日本人の宗教観、精神性のなかから生み出されました。
 しかし、菅直人首相からはそうした先人との時空を超えた絆や、先人への感謝や祈りがまったく伝わってきません。 それどころか、いま眼前で苦しんでいる一人一人の被災者への想いも伝わってきません。 首相のご胸中に、国民や被災者への真に深い想いがあれば、もっと懸命に復興を進めているはずです。 7月27日の全国都道府県議会議長会の定例総会では、菅首相の退陣を求める緊急決議が可決されました。 このことの意味は重く深いはずです。
 そもそも菅首相の頭には、国家や国民という意識が欠落しているどころか、彼のこれまでの言動から、北朝鮮と通じる危険な左翼傾向が浮かび上がってきます。


国家を否定する左翼人脈

 7月2日、産経新聞は菅首相の資金管理団体 「草志会」 が、北朝鮮拉致事件容疑者の親族が所属する政治団体 「市民の党」 ( 酒井剛代表 )から派生した政治団体 「政権交代をめざす市民の会」 ( 以下、めざす会 )に、計6250万円もの政治献金を行なっていたことを一面で報じました。
 「市民の党」 から立候補した親族とは、今年4月に三鷹市の市議会選挙に立候補して落選した、森大志氏のことです。 彼の父親はよど号ハイジャック犯・田宮高麿、母親は80年にヨーロッパで石岡亨さんと松木薫さんを北朝鮮に拉致した容疑で警視庁から国際指名手配されている森順子です。
 もちろん 「両親がどんな罪を犯しても子どもには罪はない」 のは当然ですが、森大志氏は成人するまで北朝鮮で暮らし、革命思想教育を受けたといわれます。 日本で政治の世界に入ってなにを目指そうとするのか、疑問を抱かれても仕方がありません。
 同じく 「市民の党」 所属の横浜市議2人は、02年に市議会本会議場で国旗を引きずり下ろそうとして守衛ちと揉み合いになり、さらに本会議で議長席と事務局長席を占拠して6時間近くにわたって議事を妨害し続けました。
 このように国旗を敵視し、日本という国を否定する政党と深い関係にある団体に献金する理由として、菅氏は 「政治的に連携をすることによってプラスになると考えた」 と述べました。 日本に対する否定的な想いを抱いているという点で、菅首相と市民の党やめざす会の価値観はよく似通っているということなのでしょう。
 菅氏は89年、80年に原救晃さんを拉致し、85年に韓国で逮捕され、裁判で死刑判決を受けた辛光洙の釈放要望書に署名しました。 この要望書には、江田五月法相と千葉景子元法相らも署名しています。 首相以下、二人の法務大臣が拉致実行犯のために助命嘆願したのが民主党政権です。 異常な政府です。
 菅首相は 「よく知らずに署名した」 と語りましたが、民主主義国家である韓国が民主主義の司法の手続きを踏んで死刑を宣告した犯人に関して、他国の国会議員が 「よく知らないで」 釈放嘆願をすることなどありえるでしょうか。 もし事実なら、首相も二人の法相もあまりにもいい加減です。
 在日韓国人の男性から06年9月の100万円を含め、合計104万円の献金を受けた問題もあります。 外国人から政治献金を受け取ることは政治資金規正法26条の2で禁じられ、 「3年以下の禁固または50万円以下の罰金」 と規定される立派な犯罪です。
 菅首相はしかし、この男性の国籍も職業もよぺ知らなかったと述べました。 ところが、首相は参院決算委員会で、その男性と一緒に釣りに行き、数回会食したことがあると答弁しました。 にもかかわらず、相手について知らなかったというのです。 民主党のある議員は、個人献金は1人1万円が通常で、選挙の時には献金の額も増えるとはいえ、 「100万円もの献金をもらう相手がどういう素性かを調べないということなどありえない」 と語り、事実上、菅首相の釈明は偽りがあると断じました。
 なぜ、こんな得体の知れない人物を首相とする政権を誕生させるに至ったのか、戦後体制の下で歴史を断絶させてきたことの悲惨な結末なのでしょう。


中ソ対立と反日教育

 他方、自民党も国家を支える与党としての責任を果たしてきませんでした。 憲法改正に踏み切ることなぐ、自衛隊を軍隊として位置づけることも、戦後教育を改革することも怠ってきました。
 靖国神社参拝に関しては、戦後の歴代首相はほとんど欠かさず参拝してきましたが、85年8月15日の参拝の後、中曽根康弘首相が中国からの圧力によって以降の参拝を中止し、参拝は10年以上にわたって途絶えました。
 96年7月29日に橋本龍太郎首相が一度参拝しましたが、内外の猛反発を受けて、再び首相の参拝は中断しました。
 01年に 「8月15日に靖国神社を参拝する」 と公約して小泉純一郎氏が首相となり、時期はずれたものの合計6回参拝し、最後には、8月15日の参拝を実現しました。 参拝の作法はどう見ても情けないほどにいい加減でしたが、中国の内政干渉に屈しなかった姿勢は正しく、その一点において、評価しています。
 もともと中国は、首相の靖国参拝をまったく気にもしていませんでした。 78年秋の例大祭の前にいわゆるA級戦犯と呼ばれる人々が合祀され、79年春の例大祭前にそれが大きく報じられました。 しかし、当時中国はまったく問題視していませんでした。
 大平正芳首相は79年の春と秋の例大祭に参拝し、同年12月に中国を訪問して熱烈に歓迎されました。 79年5月、時事通信の取材に応じた当時の中国の最高責任者である鄧小平副総理は、靖国神社にもA級戦犯にもひと言も触れず、もっぱらソ連の軍事的脅威の増大を力説しました。 当時の中国は政府も国民も、靖国参拝にはまるで関心がなかったのです。
 中国が突然、、靖国参拝を許さないといい始めたのは、85年9月のことです。 その背景には、85年3月にソ連にゴルバチョフ書記長が登場し、 「新思考外交」 で核軍縮政策を提言するなど、冷戦構造から抜け出そうとしたことがあります。
 ソ連の脅威をいい立てる必要がなくなった中国が、今度はアジアにおける覇権拡大のために日本を叩こうと考えたとしても不思議ではなく、それが歴史認識や靖国参拝を 「外交カード」 として使うことにつながっていきました。 その傾向は江沢民氏の登場に伴って、愛国教育という名の反日教育で激化していきます。


靖国参拝で意思表明せよ

 靖国参拝に反対する人たちの多くは、第2次大戦では日本だけが一方的に 「悪」 だったと主張します。 しかし、戦争の一方の当事者が一方的に悪く、もう一方には責任がないなどと仕分けすることは不可能です。 まして、あの戦争を 「侵略戦争」 と断じることなどできません。
 戦争を懸命に回避しようとしていた日本が、いかに米国などによって戦争に追い込まれていったか、中国がいかに米国に戦争を仕向けるよう工作を行なってきたかにも目を向けなければ公正ではありません。 「戦前の日本=悪」 のレッテルを貼り続ける人たちが、白黒で割り切ることのできないこうした歴史的事実に目を向けないのは、歴史の歪曲に事実上、手を貸すことになります。
 インドやビルマ、ベトナム、インドネシアなどアジアの国々は、日本が第2次大戦を戦ったおかげで独立できたと感謝してくれています。 そうした声が日本で無視されるのは異常です。
 とりわけ朝日新聞は、実際には存在しなかった従軍慰安婦問題や南京大虐殺をことあるごとに喧伝し、日本を不利な立場に追い込んできました。 NHKを筆頭に日中関係を報じる番組は 「小泉首相の靖国参拝で日中関係が悪化」 というふうに枕詞のように伝えられることが少なくありません。 そこには日中関係悪化の原因が、中国が靖国を外交カードに使い、内政干渉を行なっていることにあることへの言及はありません。
 小泉氏の後、首相の靖国参拝は途絶えました。 安倍晋三氏は参拝したともしなかったとも明らかにはしない曖昧な態度のまま首相の座を降りました。 親中派の福田康夫氏には最初から参拝の意思はなく、麻生太郎氏も05年10月に外相に就任して以来、参拝していません。 明らかに中国を慮ってのことでしょう。
 戦後体制の下で、自民党は日本が国家として自立する努力を怠り、結果、誇りを失わせしめました。 そしてついに国家解体を是とするような民主党政権が誕生したのが、いまの日本の姿です。
 靖国神社に参拝することは日本人の文化、日本人の心の問題です。 多くの政治家やメディアがその 「心」 を失ってしまった今、せめて私たち国民一人一人が靖国神社を参拝し、日本の礎となってくださった方々に感謝の祈りを捧げながら、政治への意思表明をしたいものです。
 そして東日本大震災があったこの年だからこそ、英霊に対して日本復興を誓いたいと思うのです。