<毎日世論調査> A級戦犯分祀、63%が 「賛成」

 毎日新聞の22、23両日の全国世論調査で、靖国神社が78年に合祀ごうしした第二次大戦のA級戦犯を今後、まつる対象から外す分祀について、63%の人が 「賛成」 と回答し、 「反対」 は23%にとどまった。
 昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示したことが明らかになり、政界には 「分祀論に影響」 との見方が広がる一方、 「天皇の政治利用になりはしないか」 との慎重論も出ていた。
 しかし、世論の約3分の2の支持という数字が出たことで、分祀論者の動きの活発化が予想される。
 支持政党別などでみると、自民支持層の62%が分祀に賛成。
 小泉純一郎首相の 「8月15日参拝」 を支持する層の61%、次期首相の参拝支持派の62%もそれぞれ 「賛成」 と答えるなど、幅広い層が分祀を 「靖国問題解決の有力手段」 として肯定的にとらえていることが浮かんだ。
 一方、超党派議連 「国立追悼施設を考える会」 ( 会長・山崎拓前自民党副総裁 )が提言に盛り込んだ 「無宗教の追悼施設建設」 の是非をめぐっては賛成64%、反対25%。
 昨年11月の調査とほぼ同傾向で、追悼施設建設も定着していることをうかがわせた。
( 毎日新聞 平成18年7月24日 )

  「昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示した。」 と報道された直後に、アンケートを行えば、そりゃこういう結果になるのも当然 です。

 そもそも、アンケート回答した人が、 「分祀」 の意味を知っているのか疑問 ですよね。
 ましてやABCに振り分けられた戦犯は、どういう定義で振り分けられているのかさえ充分に知っているのかどうか。
 ほとんどの日本国民は靖国問題に興味がなく、毎日のようにメディアや一部の政治家が靖国参拝反対を唱えていれば、反対しなきゃいけないような気になるだけ で、決して自分の頭で考えて反対という結論を出したわけじゃなく、早い話が思考停止のうえの結論です

分祀を辞書で調べてみると、

Yahoo!辞書
ぶんし01 【分▼祀・分▼祠】
(名) スル
本社と同じ祭神を他所の新しい神社にまつること。また、その新しい神社。
 分かりやすく言えば、コピーして同じものを各地に増やしていくこと です。
  「分祀」 の意味はコピーして増やすということなのに、どうして、メディアや政治家が 「分祀」 と言っているのか理解できません
 いわゆるA級戦犯を靖国神社へ行かず、全国各地の護国神社で敬いたいというのなら、じゃんじゃん分祀しちゃって構いませんが。
 他にも 「無宗教の追悼施設建設」 に賛成している人達も、こちらも賛成するだけで、この問題の認識の浅さと思考停止ぶりが垣間見えます

 死者を追悼すること自体がすでに宗教行為なのですから、無宗教と追悼というのは両立しません。
 無宗教の追悼施設という名称自体矛盾しているのです。

 昨年、 「皇室典範に関する有識者会議」 の最終案で、女系天皇を認めてはどうかという案がメディアを賑わし始めた頃、世論アンケートでも女系天皇賛成派が反対派を上回りましたが、その後、女系天皇と女性天皇の違いをメディアが詳しく解説をはじめたら、女系天皇賛成派が減ったように、 「分祀」 についても知識が増えれば賛成が減るのではないかと思われます。
 つまり、今のところ 「分祀」 や 「無宗教の追悼施設」 に賛成票が多いのは、問題に関して事情をほとんど理解していない連中が多いというだけです

 そもそも、日本に 「ABC級戦犯」 は存在しておりません。
 理由は以下の通り。
(1)昭和28年の衆院本会議で、社会党発案の 「全戦犯の罷免」 決議が全会一致で可決
→ 国内で 「戦犯」 消滅。
(2)サンフランシスコ講和条約第11条に基づき、戦勝国決議で昭和33年までに 「A~C戦犯」 が赦免
→ 国外でも 「戦犯」 消滅。
(3)ちなみにA級戦犯の重光葵は釈放後、鳩山内閣外相となり、国連加盟式典代表として国連から勲一等を授与
→ A級戦犯の名誉回復
 ~ 以上のことから、A~C級戦犯は既に 「罷免」 「赦免」 され、国内的にも国際的にも存在してないのは明らか





日経新聞の記事は 捏造確定で 朝日も逃げたか

 7月20日に日経新聞が、昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀に不快感を示していたと言う、富田宮内庁長官( 故人 )のメモが発見されたと報じたが、小泉総理の靖国参拝に反対し、いわゆるA級戦犯の分祀と新戦没者追悼施設の建設に賛成している朝日新聞は翌21日に 「A級戦犯合祀 昭和天皇の重い言葉」 との社説を掲げている。

 今年2月2日付の社説では、 「寛仁さま 発言はもう控えては」 と三笠宮寛仁親王殿下が女性・女系天皇に異議を唱えられたことに対し、 「発言が政治的に利用される恐れがある」 と言論封殺をしておきながら、昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示していたことは、朝日の主義主張と合致するからなのか、今回の場合は発言を政治的に利用しているのだから、朝日の報道姿勢を信用することが出来ないのは当然である。

[ 画像をクリックすると拡大 ]
 昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示していたとの記載のある富田長官メモを未だに信じている人もいるようだが、テレビに映った富田メモの画像を良く見ると 上に方に 「藤尾( 文相 )の発言」 と書かれている ことや、メモにある 「だから 私( は )あれ以来参拝していない それが私の心だ」 の 「私」 が昭和天皇であることはメモの画像からは断定は出来ない

 既にネットでは日経新聞の記事は捏造であるとの検証がなされており、ネット環境がなく、マスコミの報道だけを信じている人は、昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示していたことは真実であると思っているであろうから、このような時期に世論調査を実施して 「小泉総理や次期総理の靖国参拝をどう思いますか」 と問われれば、 「参拝しない方が良い」 と回答する者が多くなるのは当然かも知れない。

 偏向マスコミは、支那の指令を受けて、小泉総理や次期総理にほぼ確定した安倍官房長官の靖国参拝を中止させようと必死のようだが、昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示していたとのご発言がさもあったかのように捏造して、ご皇室を政治的に利用することは不敬の何者でもなく、捏造が確定したら日経新聞社長の辞任位で済まされる問題ではない

 朝日新聞にとっては昭和天皇までがA級戦犯合祀に不快感を示しているとなれば、21日に 「A級戦犯合祀 昭和天皇の重い言葉」 との社説で発言を政治的に利用した後も、連日のように小泉総理や次期総理の靖国参拝中止を要求する特集記事を掲げるであろうと思っていたら、22日の 「天声人語」 では奇妙なことに 「メモは一つの史料として冷静に受け止めたい。政治などの場で過大に扱うのも控えた方がいい。」 とトーンダウンしてしまい、以後は、このメモについて発言する政治家のコメントなどを報ずるだけである。

であるから、朝日新聞は日経新聞の記事は捏造であると察知して、傷が深くならなうちに逃げ出したものと思われ、それは朝日以外の一部マスコミも同様である 昭和天皇のA級戦犯合祀を巡るご発言は捏造であり、そのようなご発言はしておらず、富田メモが正しいとなれば実際に発言した者は誰であったのか、そのうちに明らかになるだろう。その際は日経新聞の責任が一番大きいのは当然だが、例によって、朝日新聞が訂正と謝罪をするかどうかが楽しみである。





日経新聞社への電話

日経新聞東京本社 お客様問い合わせ係の担当者との対話
購読者: 昨日の昭和天皇のメモについての記事に関して質問をしたいのです
日経新聞: どのような内容でしょう?
購読者:( 物的な証拠について聞いてみよう )
 メモ書きの紙質についてですが ………( 以下、紙、ペンのインク、糊について質問する )
日経新聞: はぁ、そこまで詳しくは検証していないのですが、あのメモは富田宮内庁長官のメモということですから ………
購読者:( 今度は内容面について聞いてみよう )
 あのメモ書きの 「私」 という表現についてなんですが、あの 「私」 というのは、本当に昭和天皇なんですか?
日経新聞: ……… と言いますと?
購読者: いえ、朝日新聞社から出版されていた 「徳川侍従長の遺言」 という本の中で展開されている徳川氏のA級戦犯合祀に対する批判的な論調と、今回のメモ書きの論理展開がほぼ完全に同じなんですよ( 具体的に読み上げて )。
 二人の論理展開の手法が完全に同じである、というのは明らかに不自然である、と思いませんか?
日経新聞: いえ、侍従長は天皇と常に一緒にいるわけですから、思考が同じになっても不自然だとは思いませんが?
購読者: なるほど。でも、あの 「私」 なる人物が徳川侍従長であると考えたら、全てにつじつまが合いますよね?
日経新聞: ……… では、貴方様はそのように考えていらっしゃると?
購読者: 考えているというよりは、論理的に考えてそれしかありえないと考えております。
日経新聞: ……… 一つのご意見として伺っておきます。
購読者: 次に伺いたいのは、 「参拝」 という言葉についてなんですが、天皇が靖国を訪れる場合、 「親拝」 という言葉を用いるんですよ。 もし、あのメモが天皇ご自身の書かれたものであれば 「参拝」 という表現を用いることもありえましょうが、臣下である宮内庁長官が 「参拝」 なんていう言葉を用いることもなければ、知らないということもあり得ないですよね?
日経新聞: 「親拝」 という言葉を用いるんですか? それは存じませんでした。
購読者:使われている言葉の一言一句を検証するのが修辞学の基礎ですよね? この言葉を用いられる省略された主語の人物として、天皇はふさわしくないのではありませんか?
日経新聞: ……… 今後、検証します。

日経本社内でも、大変なことになっているのかもしれないね




「富田メモ」 騒動への違和感

 靖国参拝問題に対する昭和天皇のお言葉を記録したとされる 「富田メモ」 なるものが公表され、話題を呼んでいる。 この種の問題はまず厳密な史料批判が前提、との立場からすれば、即座の反応には慎重さが要求される。 ただ、このメモをもって一気にA級戦犯分祀論へもっていこうとするメディアや政治家たちの動きを見れば、ただ黙ってばかりもいられない。 以下、簡単な感想を記したい。

 まず違和感の対象となるのが新聞の見出しである。 「A級戦犯合祀に不快感」 といったものが各紙に躍っているが、まずこれが正しいのかということである。 たしかにメモには 「私は、或る時に、A級が合祀され、その上、松岡、白取( 白鳥 )までもが」 とあり、 「だから、私はあれ以来参拝をしていない」 とある。 しかし、この一節だけからは参拝中止の理由がいわゆる 「A級」 全体の合祀なのか、 「松岡、白取」 の合祀なのかは、どちらとも判断できかねるのだ。

 そこで、他のこの種の資料と読み比べた上での推測、ということになるが、まず思い浮かぶのは木戸幸一日記の一節である。 昭和天皇は連合国による戦犯訴追そのものに対し、 「戦争責任者を聯合国に引渡すは真に苦痛にして忍び難きところなるが、自分が一人引受けて退位でもして納める訳には行かないだろうか」 と述べられ、更に木戸本人につき 「( 戦争犯罪容疑者は )米国より見れば犯罪人ならんも我国にとりては功労者なり」 とのお言葉を発せられた、とここには記されているからだ。 ということは、少なくとも松岡、白鳥と他の 「A級戦犯」 との間には、昭和天皇の思いに差があり、ただ 「A級」 全てに不快感をお持ちだったとは到底思えないということである。 とすれば、それでもなお先のような見出しは成り立つのだろうか。

 むろん、かかる 「A級戦犯」 の中心とされてきた東条元首相に対し、昭和天皇がむしろ信頼感をもっておられたとの話は、広く知られている。 それゆえというべきか、元侍従長徳川義寛氏の『 侍従長の遺言』 には以下のような注目すべき一節もある。 「私は、東条さんら軍人で死刑になった人はともかく、松岡洋右さんのように、軍人でもなく、死刑にもならなかった人も合祀するのはおかしいのじゃないか、と言ったんです。 永野修身さんも死刑になっていないけれど、まあ永野さんは軍人だから」

 これは徳川氏が靖国神社関係者と交した言葉とされるが、注目されるのは 「東条さんら軍人で死刑になった人はともかく」 との一節である。 ということは、東条合祀には異論は差し挟まないが、要は松岡合祀には強く反対だという意に読める。 これは徳川氏個人の意見とはとても思えないから、恐らく昭和天皇の思いを受けての発言だったのだろう。 つまり、A級全体にではなく、 「軍人でもなく、死刑にもならなかった人」 に対象を絞っての異議表明なのだ。

 ちなみに、ここではメモが一応昭和天皇のお言葉を正確に記録したもの、との前提で感想を書いている。 しかし、メモの記録としての 「正確さ」 それ自体への疑問もないわけではない。 富田氏がメモを残す時、氏による意図せぬ書き換え、主観の挿入が全くなかったとはいえないからだ。 その一例として 「参拝」 をあげるが、果たして昭和天皇はそのようなお言葉を使われたのだろうか。 ご祭神といえども天皇から見れば 「臣下」 であり、とすれば天皇がこの 「参拝」 なる言葉を使われたかのように記すメモには疑問が残るのだ。

 ともあれ、こんな疑問からだけでも、問題が簡単ではないことがわかる。 例えば、不快感の対象が 「A級」 全体ではないなら、ならば 「松岡、白鳥」 だけを分祀すべきなのか、という話にもなるし、いやそれでは余りにも恣意的だ、との反論も出てこようからだ。

 いうまでもなく、この合祀決定は靖国神社単独のものではない。 政府から対象となる名簿が送られてきて初めて決定されたものであり、その前提には国会での立法があったという話なのである。 とすれば、陛下のお心はお心としても、 「ならばそのように」 とは決してならないだろう。 明治憲法でさえ、天皇は議会に対し拒否権をおもちだとは考えられなかったからだ。

 靖国反対論者の白々しい天皇利用言説に騙されてはならない。





( 2006.07.21 )
富田メモが昭和天皇発言ではない事が解明できました

[ 画像をクリックすると拡大 ]
 富田メモの3ページ目を解読した人がいます。
 テレビのキャプチャー画面から3ページ目の裏に写った文字を反転と画像補正で鮮明にし読み取る事に成功しています。
 ( http://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20060721082842.jpg


             63.4.28 ③                 4.28 ④
☆Pressの会見                   前にあったね どうしたのだろう
[1] 昨年は                  中曽根の靖国参拝もあったか
  ①高松薨去間もないときで           藤尾(文相)の発言.
   心も重かった                =奧野は藤尾と違うと思うが
  ②メモで返答したのでつく           バランス感覚のことと思う
   していたと思う               単純な復古ではないとも.
  ③4:29に吐瀉したが その前で
   やはり体調が充分でなかった         私は 或る時に.A級が
   それで長官に今年はの記者          合祀され その上松岡.白取
   印象があったのであろう           までもが、
   =②については記者も申して         筑波は慎重に対処して
   おりました                 くれたと聞いたが 
                      ○  松平の子の今の宮司がどう考  
[2] 戦争の感想を問われ         余そ えたのか 易々と
  嫌な気持を表現したが          りう 松平は平和に強い考が
  それは後で云いたい           閣で あったと思うのに 親の心子知
  そして戦後国民が努力して        僚す らずと思っている
  平和の確立につとめてくれた       もが だから 私あれ以来参拝
  ことを云いたかった           知が していない.それが私の心だ
  "嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長    ら多
  の靖国発言中国への言及にひっかけて   ずい ・関連質問 関係者もおり批判になるの意
  云った積りである 

※3ページ目と4ページ目を続けて読むと次の事が判ります。
1.メモはプレスの会見を筆記したものである。
2.昭和63年(1988)4月28日の記述である。
3.質問に対るす答えは率直な感想を述べているように読み取れる。発言内容を事前にチェックされる立場の人間ではない事が判る。
4.高松宮様に対して薨去という言葉を使っている事から宮家ではなく仕える立場の人物の発言と読み取れる。
5. 「( 3 )4:29に吐瀉したが」 のくだりは客観的な表現で自身の事ではない。
6.戦争の感想を問われた時 「嫌な気持を表現」 している人物である。
7.あまり閣僚を知らない人物である。
8.会見時の発言に 「そうですか」 が多かった。
9.靖国神社の松平永芳宮司を松平の子と呼ぶ事から近親者で年配者である事が判る。
以上の事から考えて、このメモの発言者として最も適当な人物は 徳川侍従長である事は明白 です
理由は以下の通りです。
A.徳川侍従長のが勇退日は昭和63年(1988)4月末日。(会見の有無は確認できず)
B.徳川侍従長の以前からの発言と相似している。
C.前出の1~9の指摘事項に全てあてはまる。
では昭和天皇陛下の発言とした場合、以下の矛盾点が生じます。
イ.この日に昭和天皇陛下の会見は報道されていない。翌29日の天皇誕生日での会見は記録に残っている。
ロ.記者が天皇陛下に対してこのような質問をするとは思えない。又、質問する機会もない。
ハ.発言者は自身を 「私」 と言っている。天皇陛下であれは公式な場は 「朕」 と言う筈である。
 日経は3ページ目をわざと隠しています 3ページ目を公表すると捏造がばれるからです。
 しかし、3ページ目をこのように解読することに成功した人がいます。
 ぜひとも昭和63年(1988)4月28日に徳川侍従長の会見があったかどうか裏を取って下さい。
 そして会見内容を精査して下さい。
 もし同じ内容ならば徳川侍従長発言の裏付けになります。
 「私=昭和天皇」 ではなく、 「私=徳川義寛」 ではなでしょうか。
 さあて、どうなることやら。