多くの 「進歩的マスコミ」 は靖国問題の本質が見えていない

 テレビを見ていると戦後生まれ( この言葉自体死語かもしれないが )の若いアナウンサーが、 「A級戦犯を合祀した靖国神社」 という言葉を、明らかに否定的なニュアンスで発言している。
 キャスターやアナウンサーは、伝えるニュースについては一応 「公正中立」 を保たねばならないが、民主主義社会なのだから自分の意見はもってもいい。 ただし、それは正確な知識に裏打ちされたものでなければならない。 正直言って、誠に失礼な話なのだが、彼等は正しい知識をもったうえで発言しているのか? 単に 「A級戦犯=極悪人」 と思っているだけではないのか?
 ここで敢えて、失礼を顧みず、 「A級戦犯」 とは何かを解説しよう。 「私はわかってる」 と思っている人も確認のつもりで読んでもらいたい。 多分、知らないことが1つぐらいはあるはずだ。

 A級戦犯とは、第二次世界大戦終了後の1946( 昭和21年 )年から、戦勝国の 「連合国」 が、 「平和に対する罪」 「人道に対する罪」 をもって日本の戦争犯罪を裁くために設けられた極東軍事裁判所において、持ち出された戦争犯罪人の分類用語の一つである。 もちろん 「A級」 だけでなく 「B級」 も 「C級」 もある。 その分類は次のようなものだ。

A級:侵略戦争の計画・開始・遂行など 「平和に対する罪」 を犯したと認定される者
B級:従来の戦時国際法に規定された( 捕虜虐待など )戦争犯罪者
C級:殺害・虐待などの 「人道に対する罪」 を犯したと認定される者

 そして A級戦犯容疑を問われた東条英機元首相をはじめとする28人の被告が起訴 された( BC級戦犯は連合国各国が、東京以外の場所で軍事法廷を開いて裁いた )。
 結果的に7名が死刑、残り18名が禁固刑 に処せられた。

 この裁判( 正式には極東軍事裁判 )には、大きな問題点が三つある。
 まず第一に、 「事後法」 によって裁判が行なわれたことである。 法学部の学生がまず最初に習う基本中の基本知識は 「事後法による裁判は無効」 ということだ
 特に刑事犯において、ルールをあとから作って、そのルールが設定されていない時点での 「犯罪」 を問うことは、最大の違法行為、人権侵害であって、絶対にしてはならない行為だと厳しく戒められている。
 だから、 「人権弁護士」 や 「リベラル政治家」 などと呼ばれる人々は、このことを知らないはずがない。 そして、本当にこの知識が身に付いているならば( 身に付いていないなら法律家とは呼べないが )、次のように主張すべきなのである。
 「この裁判はそもそも無効である」
 しかし、一歩どころか百歩譲って、仮にこの裁判を有効だと認めたとしよう。 そんなことは最大の 「人権侵害」 であり、基本的にあってはならないことなのだが( 現にこの法廷においても、日本側弁護団《 日本人とアメリカ人弁護士の混成チーム 》は、裁判の無効を主張したが即下されている )、仮にそれを認めるとするならば、戦勝国側の残虐行為たとえば 「広島・長崎への原爆投下」 や 「東京大空襲」 にしても、明らかに非戦闘員に対する虐殺行為なのだから、法廷で裁かれるべきだろう。
 ところが、こういう要求はまったく無視された。 「法律」 はいかなる者に対しても平等に運用されるべきだという、近代法の、そして裁判の基本原則がここでも無視されたのである。
 違法なうえに不公平、これが問題点の二つ目である。


A級戦犯合祀だけを問題視する愚かしさ

 では、第三の問題は何か、ここに若い人に一つクイズを出そう。 よく考えて答えて欲しい。
 東京裁判とほぼ時を同じくして、ドイツではナチスの戦争犯罪を裁くニュールンベルク裁判が行なわれた。 では、この法廷で ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーはどんな罪に問われ、どんな判決を受けたか?
 ヒトラーといえばホロコースト( ユダヤ人人虐殺 )の張本人であり、ヨーロッパ各国への侵略者でもある。
 さぞかし、大変な罪に問われただろうと思うと、これが大間違いで、正解は 「罪にも問われていないし、当然ながら有罪判決も下っていない」 まさかと思うかもしれないが、そうなのだ。
 なぜなら、ヒトラーは既に自殺していたからである
 裁判とは、その時点で生きている人間を裁くものである
 だから、死んでしまえば、いかなる罪にも問われない
 この東京裁判でも、出頭命令を受けた近衛文麿元首相、本庄繁元関東軍司令官は、事前に自殺したため訴追の対象になっていない。
 また28人被告がいたのに、25人しか判決を受けていないのは、松岡洋右元外相ら、2名が裁判中に死亡し、他1名( 大川周明 )は精神鑑定の結果、公判手続停止となっているからだ。
 この問題( 第三番目 )こそ、ある意味で最も重大な問題かもしれない。
 A級戦犯はなぜ糾弾されるのか?
 それは 「戦争責任」 を問われてのことである。 しかし、東京裁判における戦争責任とは、その時点で生き残っていた人間に対して問われたものに過ぎないのだ。
 代表的な靖国 「公式」 参拝反対論者である公明党の冬柴幹事長は、首相の 「公式」 参拝は憲法の政教分離の原則に触れると指摘した上で、次のように述べている。

《 靖国神社は、戦後も引き続き、先の大戦における多数の戦没者を合祀していますが、78年( 昭和53年 )にA級戦犯14人が合祀されました。 この14は戦没者ではなく、終戦直後の東京裁判で戦争責任を問われ死刑となった人たちですから、周辺諸国から危惧の念が寄せられ、大問題になりました。 というのも、例えば、中国は、日中平和友好条約を結ぶ時に、巨額な戦争賠償を日本に請求しようと思えばできたのに、当時の周恩来総理の大英断で放棄しました。 そのとき、中国側は、この戦争は一部の軍国主義者が起こしたもので、加害者は一握りのA級戦犯であり、日本国民も中国と同様に被害者で、大戦によって極貧状態にある日本国民から巨額の戦争賠償を取ることは酷であると、賠償請求を放棄したわけです。 ところが、その日中両国に対する加害者であるA級戦犯を靖国神社へ合祀したということで、周辺諸国は、そういう人たちを敬い、戦前に回帰するんじゃないかという脅威を感じているわけです。 それは現在も同じで、外交関係を考えると、こうした国際的な感情も考えなければいけません。 》( 公明党ホームページより冬柴幹事長の発言を一部抜粋 )

 この、冬柴氏に限らず多くの 「進歩的マスコミ」 や 「リベラル政治家」 が事あるごとに主張する、この 「論理」 のどこがおかしいか? 慧眼な方はもう気付かれたと思う。
 それを指摘する前に、まず事実関係の訂正をしておこう。 この公明党ホームページにある 「この14人( A級戦犯 )は戦没者ではなく、終戦直後の東京裁判で戦争責任を問われ死刑となった人たちですから」 というのは厳密にはマチガイである。 死刑になったのは前述のように7名だ。 残りの7名は最初の28人のうち、獄死した2名をふくむ人々である。 こういうところにも反対論者の事実認識の粗雑さが表れているが、問題は論理の方である。
 「ヒトラー個人はニュールンベルク裁判で起訴されていないし判決も受けていない。 だからヒトラーに戦争責任はない」 -まさか、この論理が正しいという人は1人もいないだろう。
 だが、A級戦犯14人の合祀だけを問題視する姿勢は、結局この論理と同じなのである。 というのは、いかに戦争責任があっても敗戦までに戦死ないし戦病死した人は靖国に祀られているからだ。
 実は東条英機元首相も逮捕直前にピストル自殺を試み失敗している。 一方、近衛文麿元首相はそれに 「成功」 した。 もし結果が逆になっていたら、 「近衛がA級戦犯で、東条はおかまいなし」 になっていたかもしれない。 また、山本五十六海軍大将が終戦時まで生き残っていたら、A級戦犯で処刑された可能性は大いにある。 山本五十六は日米開戦に反対だったし、当時軍の中枢にもいなかったという反論があるかもしれないが、彼が真珠湾攻撃の立案・実行者であったことはまぎれもない事実である。 日本人はとっくの昔に忘れているが、一時アメリカでは 「ヤマモト」 の名が 「オサマ・ビンラディン」 と同じ意味に受け取られていた時代もあったのだ。 たとえば、シンガポールを陥落させイギリス軍を降伏に追い込んだ山下奉文( ともゆき )陸軍大将も戦後イギリスの軍事法廷で処刑されている。 いかに正義の形を取っても、戦争直後の戦犯裁判は 「復讐裁判」 になるケースが非常に多い。
 A級戦犯を分祀さえすれば問題は解決する、という主張も、 「思い込み」 に過ぎないことがよくわかるはずだ。 中国の要求通り、 「A級戦犯」 をはずせば、次は当然 「B級」 「C級」 を問題にしてくる。 そして、その次はこのAでもBでもCでもない敗戦以前に戦死した 「戦争責任者」 を分祀せよ、と言ってくるだろう。 「A級戦犯分祀」 を一度認めてしまえば、この中国の要求に対して合理的な反論をすることは不可能になる。
反論するなら今しかない。 日本では死者を平等に扱う、ということを主張すればいいのだ。


東京裁判は戦争責任の追及にはマイナスだった

 それは実は中国もやっていることだ。 前にも述べたが、中国は朝鮮戦争( 1950~1953年 )において北朝鮮軍を支援し朝鮮半島の南北分断を確定させている。 そのときには当然戦死者も出ただろうし、それは中国の 「アーリントン墓地」 に祀られているはずだ。 では韓国が 「わが国を侵略し南北分断を確定させた兵士の慰霊は許さん」 と言って抗議したら、中国は受け入れると冬柴氏は考えているのだろうか? ベトナム人やイラク人が 「わが国を侵略したアメリカのアーリントン墓地の祭祀は許さん」 といったら、アメリカは受け入れると、公明党は考えているのだろうか
 国のために命を捧げた人を慰霊するということと、その国の行為自体が 「正しい」 ものであったかということは、まったく別の次元の問題であって、だからこそ、アメリカも中国もこの点は 「使い分け」 をしているのである。
 さらに言えば、戦後の裁判で有罪になったものだけを 「戦争責任者」 として糾弾し、他は一切 「免罪」 するというのは、正しい戦争責任の追及ではあるまい。
 たとえば、山本五十六はなぜ 「ビンラディン」 にされてしまったかといえば、当時の外務官僚が怠慢で宣戦布告文書交付が遅れたからである。 そのため 「卑怯な偏し討ち」 ということになり、アメリカ人の中にはこれがヒロシマヘの原爆投下につながった、という人もいる。 ということは、この外務官僚の戦争責任も極めて重大だ。 また、大本営参謀の中にも辻政信のように、本当の意味での戦争責任者とみなすべき人物もいる。
 つまり、第三の問題点とは、東京裁判というのは、欠陥裁判であると同時に裁判であるがゆえに対象があまりにも限定され過ぎていて、戦争責任の真の追及にはかえってマイナスだということだ。 大日本帝国の 「元首」 であった天皇も初めから訴追の対象からはずされている。 普段 「天皇の戦争責任」 ということを声高に叫ぶ人々が、東京裁判となると 「天皇が訴追対象ではないから欠陥裁判だ」 とは決して言わない。 またサンフランシスコ講和条約に、日本はこの裁判の結果を受け入れると書いてあるから、この裁判に対する批判はおかしい、などと主張する人々が、一方で日本の他の裁判については 「不当判決」 などと言いたい放題のことを叫んでいるのも、おかしな話だ。 あの条項は、日本が判決を継承する( つまり、独立したからといって勝手に判決を取り消してはならない )という意味であって、それに対する批判は一切許さないということではない。 第一そんなことが、民主主義社会で有り得るはずがない。
 慰霊と戦争責任の追及はまったく別の問題だ。 それを故意に混同するのはまさに死者への冒涜行為と言わざるを得ない。