「富田メモ」 は官僚のメモワール


 国民は皇室のご様子を宮内庁を通じて知る。 言い換えれば、宮内庁を通じてしか知ることができない。 国民と皇室をつなぐ宮内庁の責務は重大である。
 日本経済新聞に記載された富田メモと日記、それから文藝春秋9月号に掲載された半藤一利、秦郁彦、保阪正康の三氏による鼎談ていだん《 昭和天皇 「靖国メモ」 未公開部分の核心 》などを読むと、富田日記メモには、自分を天皇の信頼を受けた 「寵臣」 と描く記事がよく登場する。

・ 昭和57年12月28日
 《 お話申し上げる。 最後に本年は至らぬこと多くご念を煩わし恐縮しております、と申し上げたら、いろいろよくやって満足していますと仰せがあり、さらにそれでね長官と、また若干お話をする。 何か大海原に向かって晴れた地平線を見るごとき感を抱く。 》
・ 昭和57年12月30日
 《 すべてを通じて陛下の私に対して( の )お言葉に専念。 これでこれでと涙のこぼれる思いをかみしめて救われる一年であった。 》

さらに、自らの進退に関する記述もある。

・ 昭和58年12月11日
 《 夜、須崎で言上。 自らの進退についてを含めて申し上げる。 長官の気持ち、やっと分かったとの仰せあり。 》
・ 昭和63年6月7日
 《 朝、御所で。 ( 富田長官、天皇に長官退任の考えを )申し上げ。 ( 天皇 ) 「藤森( 昭一・後任長官 )次長もほとんど知らぬし。 長官の考えも分かるが》

 これは富田氏が長官を辞める一週間前のメモである。 富田氏が自分の意思で辞めることを決意し、天皇がそれを残念がったと誰しも読む に違いない。 天皇が富田氏の退任を惜しまれたのはその通りだと思う。 しかし長官退任は富田氏の意思ではなかった。
 天皇崩御という事態に備えて、次期長官として宮内庁に送り込まれたのが藤森昭一・前官房副長官だった。 国家的な非常事態には 富田氏では務まらない と官邸は考えたのである。 簡単に言えば、富田氏は辞めさせられたのである( 首相は竹下氏に代っていた )。 「藤森次長もほとんど知らぬし」 という天皇のお言葉を書き残したのは、敏腕の後進官僚に席を譲らざるを得なかった 富田氏の哀しい抵抗 でもあったろうか。

 富田メモには、看過できない記述がある。
・ 昭和63年5月20日
 《 ( 天皇 )しかし、政治の妙な動きに皇室が巻き込まれることのないようにという長官の強い考えは分かる。 政治家が一つの信義に立って動き、純に考えてくれるならと思うが 》

 この一週間前、奥野国土庁長官が靖国問題や日中問題に関する発言が批判を浴びて辞任に追い込まれている。 「政治の妙な動き」 というのは、恐らく奥野長官の言動を指している。 しかし、「政治の妙な動きに皇室が巻き込まれることのないように」 というのは、そもそも富田氏が天皇に申し上げた言葉ではないか。 それを 天皇の口から言わせ、メモに書く。 この記述から、なにやら富田メモのカラクリが見えてこないだろうか。
 この記述が物語るのは、富田長官は自分の政治的意見を昭和天皇に進言していたということだ。 奥野長官の言動を 「政治の妙な動き」 と称するのが政治的意見でなくてなんであろう。
 「妙な」 のはむしろ富田長官ではないか。 考えてもみられたい。 富田氏が天皇につかえたのは足かけ15年。 次長・長官として富田氏は、何百時間と天皇のお話を伺っているはずだ。 お話好きでいらした昭和天皇はさまざまなことを語られたと思う。 ところが、富田氏が記録に精魂傾けたらしいテーマは、自分の寵臣ぶりを示すことを除けば、 「靖国問題」 のみなのだ。 なんとも偏頗な思想傾向を持った宮内庁長官ではないか。
 例のメモも不自然きわまりないと思う。 富田氏はメモだけではなく、きちんとした日記もつけていた。 「A級戦犯」 に関するお話があったとすれば整理した形でいくらでも書き残せたはずだ。
 富田氏はなぜあんな判読しがたいメモを残したか? 思うに、あれらのメモは判読しがたいから残したのだ。 皮肉な言い方をすれば、小心な官僚である富田氏は、天皇のお言葉を詳細に書き残すだけの 「勇気」 は持ち合わせていなかった。 宮内庁官僚としてその程度の良識はあったとも言える。 「しかし」 、と富田氏は考えた。 「メモ程度なら許されるかもしれない。 はっきり書いてあるわけじゃないし。 好きなように解釈してもらえればいい ……」 。
 一部の報道によると、富田氏は日記を 「棺に入れてほしい」 と言っていたという。 未亡人によると、富田氏は生前、日記やメモの扱いについては何も言い残していなかったという( 9月1日付産経新聞 )。  富田氏が日記を後世に残したいと考えたということは十分ありうると思っている。 死後、公表されても迷惑をかける人はいない。 家族を困らせることもない。 自分にとって都合の悪いことはなにひとつ書いていないのだから。
 自分を天皇の寵臣と印象づけたい官僚のメモワールにすぎない。